震災直後の緊急支援活動
2011年3月11日、東日本大震災が発生。この未曽有の災害を前に、マザーリンク・ジャパンの物語が始まりました。当時、東京に住んでいた代表の寝占理絵は、被災地への支援を決意。震災直後から宮城県へ通い始め、避難所や仮設住宅の集会所を拠点に活動を展開しました。
具体的な活動
- 『被災地の赤ちゃん救おう!』プロジェクト
- 入学式衣類支援プロジェクト
- ベビーマッサージ講習 & 子育て講座
- シングルマザー支援
マザーリンク・ジャパンは、2011年の東日本大震災を機に誕生した非営利団体です。
被災地の子どもたちとその家族に寄り添い、時代とともに変化する社会のニーズに応えながら、
支援活動を展開してきました。ここでは、震災直後の緊急支援から始まり、
ひとり親家庭支援、不登校児童支援、そしてサポート校の設立への挑戦に至るまでの、
マザーリンクの軌跡をご紹介します。
2011
2011年3月11日、東日本大震災が発生。この未曽有の災害を前に、マザーリンク・ジャパンの物語が始まりました。当時、東京に住んでいた代表の寝占理絵は、被災地への支援を決意。震災直後から宮城県へ通い始め、避難所や仮設住宅の集会所を拠点に活動を展開しました。
2012
活動2年目を迎え、マザーリンクは陸前高田市内のシェアオフィスを拠点とし、本格的な支援活動を開始。秋には仮設住宅に入居し、より地域に密着した活動が可能になりました。また、孤立を防ぐために『一緒にごはん!プロジェクト』を開始しました。
2013
この年、マザーリンクは大きな転換点を迎えます。陸前高田市の仮設住宅で「ひとり親家庭」の世帯調査を実施。スタッフ2名で2ヶ月かけて2000世帯を訪問し、アンケートや聞き取り調査から被災地の複雑な状況が浮き彫りになりました。「被災地のシングルマザーが子どもと生き抜くための支援プロジェクト」として、個別訪問による食糧支援、衣類支援、就労支援などを実施しました。
また、「里親家庭」についての調査も実施し、震災で「里親家庭」になったご家庭の支援もしました。
2014
前年の経験を活かし、大船渡市と気仙沼市の仮設住宅でも世帯調査を実施。延べ30名以上のボランティアの協力を得て、合計7800世帯を対象に調査を行いました。その結果、支援対象の「ひとり親家庭」 は215世帯となりました。
2015
被災地域で不登校の子どもが5倍に増えたことを知り、同じ年頃の中で成長すべき5年間を丸ごと失っている子どもが大勢いること知り、再登校の支援フリースクールを創る決意をしました。
2016
2017
READYFORにてクラウドファンディングを実施し、音楽室建設のための資金1200万円を調達。READY FOR THE YEAR 2017で優秀賞を受賞しました。
2018
音楽室が完成し、不登校を経験した子どもたちのためのワークショップを開催。この年、サポート校「高田国際高等学院」の構想が具体化し、生徒募集の告知を開始しました。
2019
2020
新型コロナウイルスの感染拡大により、多くの活動が停止。東京のオフィスや陸前高田の宿泊施設の賃貸契約を解除するなど、厳しい決断を迫られました。
2021
コロナ禍でも可能な支援として、東京で「シングルマザー秘書育成プロジェクト」をスタート。オンラインでの活動を模索しました。
2022
クラウドファンディング「僕らの学校を創ろう!プロジェクト 第三弾」を実施し、538万円を集めて本校舎建設予定地の土地を購入。しかし、建設資金の確保に課題が残りました。
2023
2024
コロナ禍を経て、サポート校の再スタートを目指し、新たな動きを開始。地域や学校との連携を深め、不登校や引きこもりの子どもたちを支援する体制づくりに着手しています。
マザーリンク・ジャパンは、東日本大震災直後の緊急支援から始まり、
被災地の子どもたちとその家族に寄り添い続けてきました。
不登校支援、ひとり親家庭支援、教育支援と、
時代とともに変化するニーズに応じて活動を進化させてきました。
今後は、サポート校の本格的な運営を目指すとともに、これまでの経験を活かした
不登校・引きこもり支援のノウハウを全国に広げていくことを計画しています。
また、子育て支援や若い世代への啓発活動にも力を入れ、
社会全体で子どもたちを支える仕組みづくりに貢献していきます。
これからも、変わりゆく社会のニーズに柔軟に対応しながら、
子どもたちの未来を支える活動を続けていきます。